
先日、ある雑誌の仕事を受けた。友人の紹介で回ってきた東京の出版社が発行する月刊紙の編集校正の一部を請け負うという仕事だった。
出版・印刷関係の仕事というのは、ご存知の方も多かろうが激務である。「生き馬の目を抜く」とはまさにこの業界のことだと得心する、校了前は数日泊まり込みで徹夜なんてのは当たり前で、ゆえに編集者や関わる人たちの入れ替わりも激しい、ハードワーク中のハードワークなのだ。
受けた仕事も、ご多分に漏れずそんなスケジュールだった。昼過ぎにざっとした説明をもらって、夕方6時過ぎに書き立てのホヤホヤの原稿が来て、それを当日中(すなわち翌朝までとの意味)に仕上げてほしいとのこと。印刷所もずっと開けて待ってるらしい。それなら、と馬力をあげて、エイヤっと深夜1時に仕上げて完成データを送った。深夜の2時ごろに担当の編集者の携帯に電話してみてもすぐに出てきて手際よく話しをするので、寝ていた風もない。
若そうな編集者が溌剌とした声であれやこれやを対応したり手配してくれるのが、久しぶりにとても新鮮で、それに接してみてふと10数年前、ボクがデザイン事務所に勤めていたときのことを思い出した。グラフィック・デザインと横文字でカッコよく言いはするものの広告屋として出版・印刷と同じ業界の範疇に入るので、同じように時間の概念のない仕事だった。急ぎの仕事が続くときは、連日深夜まで働いていたし、徹夜が続くこともあった。アシスタントという立場で余計にハードだったのもあって、仕事以外には何をする精神的・肉体的余力もないほど疲れきった日々だった。もちろん、大好きな釣りにも行けなかった。結局、フラストレーションを溜めに溜め「もうこんな仕事するもんか」と思って、4年目にさしかかったところで辞めてしまった。
しかし因果は巡るというものか、それからほんの少し充電期間を持っただけで、ある会社に就職し広告制作の部門を担当することになった。その後広告以外の仕事も兼務したり所属先が変わったり最後には独立もしたけれど、そのままずっとこの仕事を続けている。つまるところ「これしかできない」というのが本当なのだろうと思う。
先日の若い編集者との触れ合いは、そんな自分の若かりし日の記憶を鮮明に思い起こさせてくれるものだった。深夜までの仕事は体力的にはそれはキツいのだけど、しかし、とても心地よかったのだ。終わった後にはすごくハイになって、深夜にもかかわらず無性に誰かにお話しをしたくなったりもした。
そして同時に、もし、ボクがあのときあの仕事を辞めていなかったら・・・という想いも、深夜の闇に紛れてふと頭をよぎる。もしそうだったなら、きっと今とは違う人生を歩んでいただろうと。いろんな人との出逢いも違ったものになっていただろうし、釣りにもこれほどのめり込んでいなかったかもしれないと。それはそれで、とても興味深い人生の選択であったかもしれないと思うのだ。
しかし・・・ボクは自分が通ってきた道・・・決して平坦な楽な道ではなかったけれど、その道を自分の足で歩いてきた結果として出来上がった、現在のボクが好きである。少々、偏屈で皮肉屋に仕上がってはしまったけれど、でもとても気に入っているのだ。
ホントにナルシストと呼ばれようとも!(笑