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プロフィール


まあなんというか、その。
つう感じで。
107と申します。

40歳。京都在住。♂。
しがないデザイナー
たまに毛鉤でマス釣り。
(FLYFISHING ね)

リール

こんなリールを
どこかの渓で見かけたら
それはボクです。
こんな所に居やがったかぁ〜
見つけたぞ〜 とお思いの方
あるいは通りすがりに
ちょっと興味をお持ちになった方
ご遠慮なくコメントくださいまし。
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釣り

相変わらずのことながら、突然思い立って釣りに行く。昨日も夜討ち朝駆けで、深夜1時に家を出て帰って来たのは翌1時、しかも前回と同じくひたすら歩く釣りで昼寝なしのノンストップ釣行だったから、結局まるまる24時間寝ずだったわけだ。

放浪の旅に出ていた友人が久しぶりに帰ってきていて今年はまだ一度も釣りをしていないというのと、大先輩の釣り師が遠出の釣りに連れてけ、というので、じゃあボクと合わせて3人で行くか、てなわけで突然の釣行と相成ったわけである。朝食用のサンドイッチと昼食用のおにぎりをコンビニで仕込んでバッグに詰め、渓の入り口に車を停めてあとはひたすら釣り上がり、帰りは林道をこれまたひたすらてくてくてくてく歩いて帰ってくる、という釣りである。

ヤマメ

帰りの林道では、とりとめもない話を独り言のように話し、3人でつぶやきつつひたすら歩く。
今日の渓はポイントの変化に富み、さながら日本の渓流の見本展のようだったので、友人はいたくお気に召したらしくしきりにあれこれと
「釣りをしながら、色んな渓で釣りしたことを思い出した。あ、この流れは○○川、あの流れは××川とか。」
ととても楽しそうに言う。
そしてひとしきりうきうきした後、少し間をおいてぽつりと付け足す。
「やっぱり釣りの現場に来るのはいいな。釣りをしていると色んな渓での釣りの思い出が鮮やかに甦ってくる。これは実際に釣りの現場に来ないと思い出せないから」

日常、思い出そうとすれば思い出せるが、それは雑多な日常のフィルタをかけられて、邪魔をされてしまう。たとえば色がとんだり、風のそよぎがなくなったり、匂いがしなかったり。純粋に釣りの思い出を頭に浮かべてその時の高揚感まで再現される、というのは、よほど鮮烈な記憶で、しかもある特定の“きっかけ”がないと、日常では不可能だと思える。少なくとも今のボクや友人には。

そう考えてから、ボクは友人に問うてみる。「じゃあ、釣りに行かなくても釣りの思い出をいつでも鮮明に思い浮かべることができたら、釣りに行かなくてもよくなるのかな?」
しばらく無言の後、静かに友人が応える。「そうかもしれないな」

ボクは、老成して達観することなど思いも及ばない。京都洛南の地に庵を結んだ800年前の下鴨神社の禰宜の息子のように川のほとりで川面を見ながらただ思索にふけり「ゆく川の流れは絶えずして」などと吟じる余裕はなく、流れを見たらいい歳して無邪気にはしゃぎ回り毛鉤を放り込まずにはおれない。そして、それはボクに限らず、ボクの友人たちもみなそうであるようで、その同じ性(さが)を他人に見るときにボクたち釣り人はようやく安心し解放されるのである。


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DATE: CATEGORY:釣りにまつわるよもやま '06
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高速道路

近頃「高速道路を逆走で正面衝突、死亡事故」という悲しいニュースを時々見かける。若いおニイちゃんの暴走族の話ではない。高齢のドライバーの運転する車が高速道路上を逆走したりバックしたりする不用意で自己中心的な運転によって死亡事故に至るものだ。逆走した方はわざわざ自殺するようなものだから自業自得としか言えないが(ご遺族には申し訳ないが)、一方の被害者とそのご家族にとってはたまったものではない。

こういうクルマがボクの乗ったクルマの前に突然出現したら、と想像するだに恐ろしい。釣りに行くのによく高速道路を利用するので、人ごとではないのだ。状況判断のつかなくなった高齢ドライバーの免許制度見直し云々、という話も日の丸の方で出ているらしいが、何を以て基準を設けるのかの線引きが非常に難しかろうと思う。

釣りに行く途中よく見かけるのが、田舎の農道を軽トラで時速30km以下でのどかに運転している農家のお爺さん。まず、周りを見ていない。ウィンカーを出さずに突然右左折する、道のド真ん中で突然車を停めて道端の人と話をし始める、なんてのは当たり前。ひどいのになると、真っ昼間から缶ビールをあおりつつヨロヨロと徐行運転なみのスピードで走ってるおっさんもいる。フランク・シナトラも真っ青になって腰を抜かして裸足で逃げていくだろうゴーイング・マイ・ウェイっぷりである。

ま、家の近所の田んぼのあぜ道を走ってるのならそれはそれで誰も文句をいうヤツはいまいが、これを仮にも「国道○○号線」という、いかに田舎とはいえ他府県からの車も走るような道でやるようになってくるとヤバいのだ。これがもう少し感覚が麻痺してくると、前述の高速道路逆走、という事態になってくるのだと思う。そしてボクの実体験からすると、田舎の国道レベルでこういう不用意な運転をする高齢ドライバー〜いわば逆走予備軍〜は、決して少なくないのである。

少し前、中央政府が地方にバラまいたお金でできた「広域農道」というとてもきれいに整備された広〜い道が、あちこちの山間部にできている。クルマは地元の数少ない利用者以外は日中でもほとんど走っていない。片側二車線はあり、道路脇もきれいに整備されているので、まあ、高速道路に似ていると言えば言えなくもない。

「高速道路逆走」という悲しい事故がたびたび起きるようになったのは、ここ最近のことと感じる。地方にこういう使いもしない道路が出来てから、そんなニュースを聞くようになったように感じるのだけど、如何だろう。もちろん、統計のとりようもないし因果関係を客観的に証明せよと言われてできるものではない。けれども、なぜか鼻にプンと匂うものがあるように感じるのはボクの考え過ぎなのだろうか。

DATE: CATEGORY:日々のうたかた '06
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去る6月18日、元ビートルズのポール・マッカートニーが64歳の誕生日を迎えたそうだ。お好きな方ならご存知だろうが、ビートルズ時代のポールに“When I'm sixty-four”(ボクが64歳になったとき)という素敵な曲がある。ほのぼのとして孫たちと平和な老後を送るその詞の内容と、現在のポールの状況とを比較して「マッカートニーが思い描いた通りにはならなかったようだ」と皮肉混じりのニュースも配信されていたが、では、ボクの、みなさんの64歳はどんなものなのだろうか、とふと心に浮かぶ。

♪庭いじりをしよう、草むしりもね。これ以上、何も求めるものはないよ。倹約して貯金をし、それで毎夏にはワイト島のコテージを借りて楽しくやろう、膝の上には孫のヴェラとチャック、それにデイヴを乗せてやってね(訳:107)

ま、現実のポール・マッカートニーの生活とはずいぶんかけ離れた、「ちゃう(違う)やんけ!」と思わずツッコミを入れたくなる詞の内容ではありますわな。(笑
子ども
顧みて、ボクが64歳になったとき、というと26年後で西暦は2032年。上の娘は31歳、下の娘が29歳になっている。そのときに世界がどんなになっていてボクらがどんな生活を送っているかなんて、想像もできない。娘たちはとってもお年頃な年齢になっているが、その「お年頃」というのも現在のボクらの価値観に過ぎない。彼女たちは彼女たちの価値観で「現在(いま)」を、これからもずっと生き続けていくのだ。

初夏の青空に向かって、しっかりとした足取りで一本のロープを頼りに急斜面の遊具を登っていく娘の後ろ姿を見送りながら。(写真は昨日琵琶湖の矢橋帰帆島に遊びにいったときのもの)彼女たちにとってのボクはこのロープの役割に徹して64歳まで確実に生き、彼女たちが頂上に辿り着いてロープを手放しても大丈夫なようになるまで、きちんと見届けてやりたい。

ただ、そう願うのみなのである。

DATE: CATEGORY:ミュージックライフ
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鳥取の西部に在する山陰一の高山が、大山(だいせん)である。標高1709m、別名「伯耆富士」と呼ばれ、一帯に豊富な水を供給する銘川の源流となる谷筋を多く持つ独立峰で、その雄大な姿と個性的なシルエットは遠くからでも一目ですぐに分かる。

昨日、思い立って彼の地に釣りに行ってきた。美しい渓相とコンディションの良いサカナが釣れるとの話を聞いて、おなじみの夜討ち朝駆けの強行軍である。なにしろ初めての地なので、地元のIさんという方が案内をしてくださることになり、とても心強い釣行となった。Iさんは、これも鳥取の銘川・日野川の畔でフライの竹竿を創っておられる竿師で、何年か前からおつきあいいただいている。日野川には4〜5年前の早春にライズの釣りに行ったことがあり、そのときにもお世話になった。口ひげを蓄えてスラリと背の高いスマートな紳士で、ボクの個人的な交友関係の中では、山陰一のダンディである。

大山の釣り1


それで釣りの方は、例によって晴天と高温の中のシビアな釣り。釣れたサカナの数は多かったが、ほとんどが子どもから青年サイズ。翌日から雨ということだったので本格的な梅雨の雨が降る前にと思っていたのだけど、大人のイワナくんたちのやる気はまったくなしで少しタイミングが合わなかったようだ。一日中山の中を歩き回り活性の高そうなサカナを見つけては釣るハードな釣りで、渓沿いに延々と続く林道をどこまでも歩いて好ポイントを探す、プチ登山といった風情。日頃運動不足のボクにはかなりキツかったが、「ランナーズ・ハイ」ならぬ「ウォーカーズ・ハイ」という状態になり、一睡もしていないことからくるしつこい眠気も吹き飛んだのである。

大山の釣り2

大山の釣り3

帰りには、大山の南側に広がる蒜山(ひるぜん)高原のサービスエリアに立ち寄る。蒜山高原は乳牛の酪農で有名な緑の美しい名勝地で、ここの牛乳がとても濃厚で美味く、子供たちへのおみやげにこれを買うべし、という寸法。近頃釣りにばかり行くお父さんにややご不満をお持ちの様子の彼女たちなので、おまけにもうひとつずつプリンも。これで機嫌を直してくれるとよいのだけど…


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DATE: CATEGORY:釣りにまつわるよもやま '06
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暑い。
さきほど外出から帰ってきたのだけど、異常な湿気と暑さだ。

一日のうちで一番気温の高い時間帯だったとはいえ、すでに真夏の気配を感じさせる直射日光に加えて、京都独特のなんともいえないイヤ〜な湿気。梅雨時季の不快さにまつわる話は弊HPの方でも書いたことがあるが、毎年のことながら京都のこの時季は過ごしにくい。

そもそも京都盆地の地形は鍋底と同じで、湿気は水分だから空気よりも重く、いったん鍋底に溜まるとなかなか抜けない。これは冬の寒さも同じで、対流しない冷たい空気が鍋底から出て行かずにとどまり続け、俗に言う「底冷え」となって骨の髄まで凍えさせてくれる。

夏の暑さでも、客観的な気温の数値と体感温度との隔たりは日本一ではないかと思う。いくら九州沖縄が暑いといっても、これほどに不快感の伴う暑さではないし、梅雨から夏の時季にかけて日本各地をいろいろ回ったこともあるがやはり京都がダントツ、一番不愉快に暑いと感じるのだ。

とかなんとかブツブツいいながらも、京都に住み続けている。
石の上にも三年、と言うが、住みにくいとはいえ京都は石の上よりはマシである。
住めば都、とも言うが、住まなくても京都はかつて都であった。
「あ〜〜不愉快不愉快」と文句を言いながら過ごすのが、梅雨時季の京都人の正しい過ごし方なのである。

とは言うものの、これからの梅雨本番が憂鬱な季節なのには違いない。
どこか高原の、清流が流れる涼しい避暑地に行きたいよ〜

DATE: CATEGORY:日々のうたかた '06
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