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プロフィール


まあなんというか、その。
つう感じで。
107と申します。

40歳。京都在住。♂。
しがないデザイナー
たまに毛鉤でマス釣り。
(FLYFISHING ね)

リール

こんなリールを
どこかの渓で見かけたら
それはボクです。
こんな所に居やがったかぁ〜
見つけたぞ〜 とお思いの方
あるいは通りすがりに
ちょっと興味をお持ちになった方
ご遠慮なくコメントくださいまし。
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ここ数日、いつも見ている夜7時のNHKニュースの天気予報のおネエさん、半井小絵さんが「受験生のみなさんくれぐれも雪にご注意を。体にも気をつけて」とコメントを入れておられる。彼女の密かなファンとして、たまには「自営業のみなさん、体が資本ですからくれぐれもお風邪など召されませんように」などと、あのいつものキメ目線で言って欲しいものだ、と思いつつ、遥か20年も昔のこととなってしまった自らの受験生だったころに思いを馳せてしまう。時間とは無情にも矢の如く過ぎ去ってゆくもののようで、気がつけば「ふた昔」と言える歳月が経ってしまっている。光陰矢の如し。少年老いやすく学成り難し。恋せよ乙女。もっと光を。・・・なんのこっちゃ。

それで「センター試験」なのだがボクらの頃は「共通一次試験」と呼んでいて、当時は国公立大学を受験する人のためにあったもので現在のものとは体裁と主旨が少し異なる。国公立大学を受ける人はみなこの「共通一次試験」を受け、その後各大学ごとに実施される「二次試験」というものを受けて合格しなければ希望の大学に入ることは出来なかった。

ボクは国立大学の水産学部か林学部希望で、そのような学部があり、なおかつボクの低い偏差値で入れる可能性のある国立大学となると三重県まで行かなければならなかった。受験本番直前まで数多く行われる模擬試験などの結果によると合格率90%以上といういい数字が出ており、しかも共通一次試験の結果が(自己採点)とても良かったので、二次試験さえ順調であればまず合格間違いなし、という感じだった。

その大学の現地に初めて行って下見したのは、二次試験の2〜3週間前のことだった。三重県の県庁所在地にある国立大学で、医学部と大学病院なども併設されている規模の大きな大学と聞いていたので、人も多く街も華やいでいるのだろうという予想と、生まれて初めて京都から出て地方で一人暮らしの生活をすることになるのかもしれないという期待とが入り交じった高揚感を抱きながら、その街の駅に着いたのだった。

生まれた街から出て生活したことのない青年にとって、他の街を想像するのにどうしても自分の身の回りの感覚との比較で物事を考えてしまいがちになる。たまに大阪という大都会に行くことがあったので京都は小さな街なのだという感覚で考えていて、三重県のその市も事前に「さほど大きくない街」という話しを聞き、勝手に「じゃあ京都と同じか、小さいといっても少し小さいぐらいのものかな」と想像していた。

それが、現地に着き、その市一番という繁華街を通り抜け、大学の敷地に入り、また街に出て受験の時の宿泊先となる民宿に予約に行き、とするうちに、街の全貌が見えてきた。
そこそこの大きさの国道が一本、市の中心部を貫いている。それに並行して大阪と名古屋を結ぶ私鉄の線路が走っている。すぐ脇に太平洋。その国道と線路にへばりつくように、海との隙間、とても狭い範囲に街と家々がある。
それだけ。
本当に、それだけなのである。
にわかには信じられなかったので、下宿先のおばさんに訊いてみる。
「あのう・・・繁華街って、どの辺にあるの?」
「あん?ああ、駅前にあったでしょ」
「じゃあ、遊んだりするところはたくさんある?」
「飲み屋も、この辺じゃ早くに閉まるよ。10時になったら真っ暗よ」
「やっぱり・・・」
「あら、あんたまだ未成年だったわね。おほほほほほ」
「・・・・・・」

がっかりした。心の底からがっかりした。
当時のボクにとって、大学進学の目的は社会へ出て厳しい世界で揉まれるのを少しでも遅らさんがためのモラトリアムにしか過ぎず、あわよくば卒業してからも専門職で食えるようなものを、と考えての選択だったのだが、実際現地に来て見て回り、この狭苦しい街に閉じ込められて4年間も過ごすことになる、ということを考えるととても憂鬱な気分になったのだ。

二次試験までの数週間、試験のことは考えないようにした。その大学に入学することを考えたくなかった、と言った方が正しいかもしれない。二次試験の一週間前まで、髪を紫色にしてバンドをやって遊んでいた。
受験の前日、三重県に向かった。当時流行っていた海外のロックバンドのメンバーが着ているようなロングコートを着て、目が隠れるほど長く伸ばした前髪を気にしつつ、受験会場に向かう。周りを見渡して、同じようなカッコをしているヤツは誰もいなかった。図書館に行ってみる。人はたくさんいるのだけど、誰も声ひとつあげずシーンとして本をパラパラめくったり一心不乱にノートに何か書いていたりする。ボクが入っていくと、みなが一斉にこっちを見た。

翌日始まった二次試験の最初は数学。
ボクが提出した解答用紙は、受験番号と名前以外は白紙だった。

(三重県のその市にお住まいの方、ゴメンナサイ!)

DATE: CATEGORY:おもひでポロポロ
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冬の渓流


毎年、新年明けてのこの時季は、脳みその活性が極端に落ちる。

そもそも、生物学的にも冬は活性の落ちる時としてあらゆる生物に普遍な法則である筈だし、高等ほ乳類にも「冬眠」という現象は多く見られる。例外的にホモ・サピエンスたる我らヒトは、寒冷期に適応できるよう様々な知恵と工夫を凝らすことで活性を下げることなく過ごせるワケだけど、それでもやっぱり寒い季節は活性が下がってしまう。

春2〜3月に解禁され秋9月までにはほぼ全面的に禁漁となってしまう渓流釣りという遊びに凝って何年も続けていると、季節のサイクルがシーズナル・パターンとなって体に染みつき、禁漁期真っ盛りのこの時季などまさに「仮死状態」となって、食うために仕方なくする仕事以外で脳細胞を活性化させることが極端に少なくなるのだ。

冬来たりなば、とは言うけれど、春はまだまだ遠い。
新緑の芽吹く山に行き、頭と体にこびりついた澱と呪縛を解き放ちたいな。

DATE: CATEGORY:日々のうたかた '06
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謹賀新年2006

極寒のうちに旧年が暮れ、新年が明けました。
改めまして、新年のごあいさつ申し上げます。

このブログを始めてまだ数ヶ月いくらも経ちませんが、常、飽き性でどうしようもないボクが、「日記みたいなもの」をこれだけ継続できたのは珍しいことで、これはただひとえにこのブログを訪れてお読みいただける皆様のおかげさまと、深く深く感謝しております。
本年もよろしくご愛顧のほど、なにとぞお願い申し上げます。

DATE: CATEGORY:日々のうたかた '06
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