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プロフィール


まあなんというか、その。
つう感じで。
107と申します。

40歳。京都在住。♂。
しがないデザイナー
たまに毛鉤でマス釣り。
(FLYFISHING ね)

リール

こんなリールを
どこかの渓で見かけたら
それはボクです。
こんな所に居やがったかぁ〜
見つけたぞ〜 とお思いの方
あるいは通りすがりに
ちょっと興味をお持ちになった方
ご遠慮なくコメントくださいまし。
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秋の景色

この時季になると、京都はやれ紅葉だなんだと、観光客が大勢やってきてかまびすしいことこの上ない。もちろん地元にとって観光は大切な産業だからそれを否定したり嫌悪したりするものではないけれど、俗っぽく人が大勢いる中で本当に景色を堪能できるのかどうかは疑問だ。山や自然の美しさはそんなに人が大勢いてワイワイガヤガヤやってる中で楽しむものではない、という固定観念があるボクにはとても無理だな。

この時季は渓流は禁漁になっていて釣りはできないけれど、人の来ない山の中に入って静かに渓のせせらぎに耳を傾け景色を愛でて季節の移ろいを感じる、これが本当に気持ちいい。遥かな昔から、ヒトはそうして自然と向き合い、つきあってきた。前世紀から今世紀にかけての急激な発展で(本当の意味での「発展」かどうかは大いに疑問だけど)ヒトは自然との距離感をなくしてしまったように思えるが、自然の中に身を置いて移ろう季節を感じるとき、自分の中にあるDNAなり遺伝子なりが起き上がってきて「あ、オレはこの時間を知っている」という強烈なデジャ・ヴュに捕われることがある。普段生活するコンクリートとアスファルトに囲まれた監獄の中では絶対に味わえない感覚だ。

そのとき、水音と風の音とが、ざわあっ、と一気にボクの耳に押し寄せてきて、新鮮な空気、木の葉の匂いなどと一緒になってボクの五感のすみずみにまでに広がっていく。遥かな古からヒトがそうしてきたように、ボクは確かに自然の一部であって、この自然に「生かされている」という感覚を得る。ヒトが本来あるべき姿を、自然が示してくれるような、不思議な感覚。
これを味わうために、またボクは山に向かう。今から山は冬に向かいヒトが近づくのを拒絶するが、来年の春になればまた心地よく迎え入れてくれる。それまですこし遠いが、なんとか頑張って持ちこたえてみよう。

DATE: CATEGORY:日々のうたかた '06
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旅館2

釣りは、近くに温泉場がある釣場がいい。

最近は夜討ち朝駆けの強行軍がかなりコタえるようになってきた。だから釣りが終わったその足で急かされるように帰らなければならない日帰り釣行よりも、釣場の近くにある温泉宿に転がり込んで、ゆっくりと風呂に浸かり、釣友たちと馬鹿話に興じ、うまい酒を飲みうまいメシを食い、眠くなったらてんでに好き勝手に眠る、というのが精神的にも肉体的にも一番心地よい。

でも最近はどこの温泉宿に泊まっても、画一的な料理が並ぶ。全国あちこちの温泉宿にずいぶん泊まったものだけど、「これは」という料理を出してくれたのは片手で足りるほどだ。

旅館1

温泉宿の規模はどうでもいい。大きすぎるものは却ってサービスに心がこもっていないようにも思えることがあったりするので、むしろ鄙びた温泉宿の風情がいい。料理は、ありきたりなカニとかエビとかはまったく必要ない。わざわざその地に来ているのだから、地の旬の採れたてを供してくれればそれで良いのだ。さらにできれば、三十路か四十路あたりで未亡人の女将、ということであれば何も言うことはない。

ホントに誰か、そんな温泉宿、知らんかね。
あればぜひ行きたいものだ。


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DATE: CATEGORY:釣りにまつわるよもやま '06
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スカイプ

ようやく、Mac版のスカイプがリリースされた(http://www.skype.com/intl/ja/products/skype/macosx/)、というので、早速導入してみた。

OSXのみの対応みたいだけど、最近はもうクラシック環境を使うことはほとんどなくなったので支障はない(印刷用データはまだクラシックバージョンにダウンして出力しないといけないことが多いのだけど)。

それで早速遠方の友人とお話し。深夜にPCに向かって仕事しながら、適当に話をできる感じがいい。普通の電話だと「受話器」というものが介在していて、それを耳に当てて話をする限り何が何でも何かを話ししていなくてはいけない、という気にさせられて、とりとめもない話しをするには苦手なのだが、このスカイプはそういう感覚はない。人によっては「ヘッドセット」といってヘッドフォンとマイクが一体になったものを使っているみたいだけど、ボクのMacはスピーカもマイクも予め付属されているので、両手が空いた状態で話しができる。

こりゃいいや〜、ということで、海外にいる友人にもさっそくスカイプ。お互いPCの前でダラダラ仕事しながらくだらないことをこれまたダラダラ喋る。

Mac版はメニューやら何やらがすべて英語版なのがちょっと難点だが、それでも充分理解できるインターフェイスになっている。
う〜〜ん。しばらくこれで遊んでしまいそうだな。

DATE: CATEGORY:ブログとネットのあれこれ
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Barbour

そろそろ、Barbour の季節。

匂いがキツい。・・・確かにオイルの匂いは強い。嫌いな人は嫌いなようだ。でもボクは好き。
重い。・・・それでなくても頑丈に織り込まれた厚手のコットンに、さらに撥水オイルをたっぷりと染み込ませてあるから。でも、その重さが心地いいのだ。
汚れても洗濯できない。・・・そりゃそうさ、せっかくいい味になってカッコよくなってきたのを、わざわざきれいに洗濯して元に戻すことはないだろう?それに、年を経るごとにどんどんいい味が出てくるのだよ。「秘伝のタレ」みたいなものだと思えばいい。

釣りの方でも、クラシックなバンブーロッドにクラシックなリール、それにシルクラインという手入れに非常に気を使う道具立てで釣りをする人がそこそこいる。こういう道具との組み合わせに、Barbour がとってもぴったり、しっくりくるのだ。

でも、その凝った道具立てに、なぜか着ているウェアが最新式のアメリカンなチェストハイ・ウエーダーにアメリカンなポケットだらけのフィッシングベスト、というのを見かけたことがある。

他人の趣味をとやかくいうのは何だが、でも敢えて言わせてもらおう。それ、かな〜〜りおかしいぞ!パーツごとのポリシーはまとまっているのかもしれないが、全体として、一人の釣り人としての、個性の表現がてんでバラバラ。一貫性もなければポリシーのかけらも感じられない。どこかの「カッコいい釣り人」のイメージをあちこちからパーツだけ切り取ってきてつぎはぎにしたような感じだと言えばお分かりいただけるか。

発展途上のビギナーさんなら、それはまあ致し方ない部分もあるだろう。また、バンブーロッドとクラシックリールだけならかなり一般的だからそのいでたちもまあアリとしよう。でもよりマニアックにシルクラインまで使う凝りようなら、そのカッコはないんじゃないかぁ〜。

まあ最終的には、着るものも使う道具も個人の趣味なんだから「大きなお世話だ!」と言われればそれまでなんだけどさ。アルマーニのスーツにちょんまげ頭を見たとしようよ。新しいファッションとして受け入れられることを目的とした新しさなら、笑いこそすれ誰も何も文句は言うまいが、目的がそうでなく、本人が「カッコいい」と思い込んでる様子なら、誰かが「それ、おかしいぞ」と言ってあげるのが親切ってもんじゃないか?

・・・っと。脱線してしまった。
これじゃ「多少の毒」では済まないか。
今回のみ、「猛毒注意!」


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DATE: CATEGORY:釣りにまつわるよもやま '06
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リリース

友人に、何故か放浪癖のあるのが多い。

今も、音信不通が2人いる。
まあ、音信不通といってもおおよその行き先は分かっているのだが、連絡をつけようと思ってもつけられない。

ボク自身も、放浪が好きだからだろうか。
20代の頃はよくフラッと出かけて、一週間とか一ヶ月とか、テントをかついで山にこもって遊んだりしたものだ(今は諸々の事情で、やりたくってもできない)。
類は友を呼ぶ、で、同じ匂いを嗅ぎ付けてそういう人種が集ってくるのかもしれない。

彼らは、ある日フラッと居なくなって、「あれ〜どうしたんだろう〜」と思っていると、電話がかかってきて「今どこどこやね〜ん。景色きれいで〜。おサカナいっぱいいるで〜」なぁ〜んて少年のように気楽に喋ってくる。それで適当に仕事をしながらあちこちを転々として、飽きたら帰ってくる。帰ってきたら、また連絡をくれるなり家にやってきたりなりする。土産話もたくさん聞かせてくれる。

一般社会良識が、とか、男子たるもの、みたいな概念は彼らにはない。背負っているものも、何もない(あったとしても気にしていない)。もっと違う感覚で生きている。そしてそれを理解してもらえる人としか、話をしない。

ボクは、そういう生活にも憧れはするが、実際にその立場になると、きっとどうしていいか分からなくなる。たぶん、思考回路が硬化し始めているのだろう。

だから、彼らの話をいっぱい聞くことにしている。
せめて、ボクの内に宿る好奇心と冒険心の火を絶えさせないために。

DATE: CATEGORY:釣りにまつわるよもやま '06
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