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プロフィール


まあなんというか、その。
つう感じで。
107と申します。

40歳。京都在住。♂。
しがないデザイナー
たまに毛鉤でマス釣り。
(FLYFISHING ね)

リール

こんなリールを
どこかの渓で見かけたら
それはボクです。
こんな所に居やがったかぁ〜
見つけたぞ〜 とお思いの方
あるいは通りすがりに
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ボブ・マーリィ

今は亡きレゲエの神様、ボブ・マーリィに「I Shot The Sheriff」(ボクは保安官を撃った)という名曲がある。エリック・クラプトンがカヴァーしたことでも知られる曲である(→YouTubeで聴く・このライヴでのボブはぶっ飛びの様子でシンプルな演奏も最高)。

ボブ・マーリィは生前、この曲について
「本当は“I Shot The Police”と言いたかったんだけど、政府がガタガタ言うだろうってんで“I Shot The Sheriff”と言い換えたんだ。しかしどっちでも同じことさ。“報い”だよ」
と述べている(I want to say 'I shot the police' but the government would have made a fuss so I said 'I shot the sheriff' instead... but it's the same idea: justice. 〜http://www.bobmarley.com/)。 実話かどうかは定かではないが、貧民街に暮らす少年が警官に人間扱いされず虐げられ、警官(保安官)を撃った、という歌詞の内容である。

かくいうボクも過去に一度警察官をぶっ倒したことがある。
その話を「I Shot The Sheriff」の日本語訳詞風にパロってみようと思う。

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DATE: CATEGORY:ミュージックライフ
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コーヒー豆

「コーヒー・ルンバ(coffee rumba)」という曲をご存知だろうか。
ザ・ピーナッツや西田佐知子が歌った版が有名らしいが、ボクはもっと後の世代になるのでむしろごく最近、2001年に井上陽水がクネクネしたネチこい歌い方とシンプルなバックバンドでカバーした版の方が印象に残っている。
歌詞を下記に引用しておこう。
コーヒー・ルンバ / coffee rumba
Jose Manzo Perroni 作詞・作曲
中沢清二 日本語独自詞(訳詞に非ず)
昔アラブの偉いお坊さんが
恋を忘れた あわれな男に
しびれるような 香りいっぱいの
こはく色した 飲みものを教えてあげました
イラストやがて心うきうき とっても不思議このムード
たちまち男は 若い娘に恋をした

コンガ マラカス 楽しいルンバのリズム
南の国の情熱のアロマ
それは素敵な飲みもの コーヒー モカマタリ
みんな陽気に飲んで踊ろう
愛のコーヒー・ルンバ
メロディはかなりバタ臭く、曲自体としてはさほど好みではないのだけれど、歌詞が思わず笑ってしまいそうになるほどなんとも不思議で、とても気に入っている。もっとも、この歌詞の内容ではコーヒーは「嗜好品」というよりは「麻薬」的なもののようになってしまうナ、というツッコミも入れつつ。一日なんとなく頭に浮かんで鳴り続けていた。

なぜだろう。
朝の食後に飲んだコーヒーがヤケに美味しく感じたのを思い出したからかな。

DATE: CATEGORY:ミュージックライフ
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ハーブ

スカボロウ・フェアに行くところですか
パセリ、セージ、ローズマリーとタイム・・・
そこに住む人によろしく伝えてください
彼女はかつてボクが本当に愛した人でした

彼女に伝えていただけますか
(深い緑の丘の斜面で)
パセリ、セージ、ローズマリーとタイム・・・
(雪の冠をした大地にスズメを追って)
針仕事をせず縫い目のないキャンブリック・シャツを作ってくれと
(毛布とベッドクロスに山々の子は)
そうしたら彼女はボクの真実の愛になるのです
(進軍ラッパの音にも気づかず眠りこける)

彼女に1エーカーの土地を見つけるようにと
(丘の斜面に舞い散る葉が)
パセリ、セージ、ローズマリーとタイム・・・
(銀色の涙で墓石を洗い)
海と砂浜の間にある土地を
(兵士は銃をきれいに磨きあげる)
そうしたら彼女はボクの真実の愛になるのです

革の草刈り鎌で刈り入れをして
(戦いの轟音が響き渡り、深紅の軍隊に閃光が走る)
パセリ、セージ、ローズマリーとタイム・・・
(殺せと将軍たちは兵士に命令し)
すべてをヒースの束の中に収めるようにと
(とうに忘れ去られた大義のために戦う)
そうしたら彼女はボクの真実の愛になるのです

スカボロウ・フェアに行くところですか
パセリ、セージ、ローズマリーとタイム・・・
そこに住む人によろしく伝えてください
彼女はかつてボクが本当に愛した人でした


*     *     *


1968年にリリースされたサイモン&ガーファンクルのヒット曲「Scarborough Fair」の和訳(訳:107)。ボクの大好きな曲。著作権とかややこしいだろうから原詞は掲載しない。
アメリカン・ニューシネマの傑作「卒業(The Graduate:1967年製作)」のオリジナルサウンドトラックとしても有名だろう。あの、ラストで花嫁を結婚式場から連れ出すシーンが印象的な映画だ(キャサリン・ロス、とてもタイプ。可愛いなぁ・・・*´Д`*)。

卒業元々この「スカボロウ・フェア」(現地発音は「スカーバラ・フェア」となるらしい)の原曲はイギリス、特にスコットランドの伝統的なバラードで、古くは16世紀ごろから「エルフィン・ナイト(妖精の騎士)」というタイトルで吟遊詩人によって歌い継がれ、19世紀末あたりに今のような編曲で完成したもののようである。カッコ内の歌詞は原曲にはなく、サイモン&ガーファンクルによって新たに付加された輪唱部分の歌詞になる。これが入ることで多分に反戦的な印象を与える歌となっているが(当時はベトナム反戦運動のまっただ中)、個人的には原曲のままの牧歌的で叙情的な雰囲気の詞の方が好きである。

突っ込みどころ満載の意味不明な歌詞(訳の不出来に起因するものに非ず)の意味するところは・・・みなさんがそれぞれ感じとって、みなさんなりに解釈していただければと思う。

今回のは、DIONのブログ・サービス「トラバー」で「春に聴くやる気の出る曲」というテーマにトラックバックすると「LOVELOGご愛顧感謝キャンペーン」として毎月50名に美味いものの詰め合わせが当たるという企画に乗ってみたもの。
卒業のシーズンでもあるからなのだけど、この曲で「やる気が出る」かといえば人それぞれになるだろう。ボクには、この春にこそ心に沁みる曲なのである。
さて・・・。美味いもの、なにか当たるかな〜〜♪

DATE: CATEGORY:ミュージックライフ
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さて昨日のプロボクシングWBA世界ライトフライ級王座決定戦12回戦、ファン・ランダエタ(ベネズエラ)VS 亀田興毅(日本)。ご覧になった方のほとんどが感じたことだろうし、昨日の今日で、今おそらく一番の話題となってすでにあちこちのブログでもたくさんのことが書かれているだろうから、いかに亀田のボクシングが未熟で亀田自身の人間性も未熟であるかは、あえて書かない。でも、どうしても昨日の王座決定戦について書きたいことがあったから、それを書く。それは、開始ゴング前の、両国国歌斉唱についてである。

先に、ランキングが上のファン・ランダエタ側から、ベネズエラ国歌。歌うのは、コロンえりかさんというベネズエラ生まれの日系女性ヴォーカリスト。このリンクを参照していただければ経歴などお分かりいただけると思うが、その素晴らしいソプラノの歌声は、高音が転がるように伸びつつヴィブラートしてとても美しく、ベネズエラ国歌という耳慣れない歌を聴くボクの耳に、心に、真っ直ぐに届いて、感動的だった。

対して亀田の方は、Tボランとかいうグループのヴォーカリストを名乗る若いおニイちゃん。70年代グラムロックのカリスマ、TーREXのマーク・ボランをもじってつけたような名前のことはともかく、その歌がなんとも貧弱で情けなく、失笑を禁じえないものだったのだ。腹から声を出す本格和声の発声法のコロンさんに対して、こやつは咽喉からだけのド素人な発声で、貧弱な声量を誤魔化すためにマイクを手に持って口にぴったりつけている。それでも歌が上手ければまだマシなのだが、これがクネクネした幼稚なデフォルメによる、原曲の破壊といっても差し支えないヘタクソな歌唱でとても聴いていられない。本人は個性を強調したアレンジでロックシンガーたる自分が歌うことの意義を表現したつもりなのだろう。あるいはアメリカ国歌をギターで無茶苦茶に表現したジミ・ヘンドリクスを意識したつもりででもあるだろうか。

しかし残念ながら、オリジナルを超えるオリジナリティをアレンジで表現できるのは、超絶的な歌唱力あるいは演奏力を持つ、ごく一握りの、真の意味でのアーティストに限られるものだ。亀田のたっての希望、ということでこのおニイちゃんの登場となったらしいのだけど、少しでも客観的に自分を評価できるシンガーであったなら、こんな場違いな場所にノコノコと出てきて貧弱でヘタクソな歌を歌うことの恥ずかしさを考え、丁重にお断りするのが普通だろう。もっとも、勘違いなボクサーの勘違いな前座としては、彼以外のシンガーという選択肢はない、という意地悪な見方もできないことはないのだが。

試合開始前の最初のこの時点で「やっぱこいつの試合なんか見なきゃよかった」と後悔したが、毒喰らわば皿まで、とばかりに最後まで見てしまった。が、イヤな予感は的中して、判定の結果がコールされた瞬間、テレビを消すことに。結局、つまらない茶番に1時間も費やしてしまっただけ。

しかし、おかげで素敵な女性ヴォーカリストを発見することができたのは収穫でもあった。
亀田クン、ありがとう(笑
あ、そうそう、お礼に、と言っちゃなんだけど、キミにひとつ言葉を贈ろう。

「弱い犬ほど、よく吠える」

後学のために、憶えておきたまえ。

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去る6月18日、元ビートルズのポール・マッカートニーが64歳の誕生日を迎えたそうだ。お好きな方ならご存知だろうが、ビートルズ時代のポールに“When I'm sixty-four”(ボクが64歳になったとき)という素敵な曲がある。ほのぼのとして孫たちと平和な老後を送るその詞の内容と、現在のポールの状況とを比較して「マッカートニーが思い描いた通りにはならなかったようだ」と皮肉混じりのニュースも配信されていたが、では、ボクの、みなさんの64歳はどんなものなのだろうか、とふと心に浮かぶ。

♪庭いじりをしよう、草むしりもね。これ以上、何も求めるものはないよ。倹約して貯金をし、それで毎夏にはワイト島のコテージを借りて楽しくやろう、膝の上には孫のヴェラとチャック、それにデイヴを乗せてやってね(訳:107)

ま、現実のポール・マッカートニーの生活とはずいぶんかけ離れた、「ちゃう(違う)やんけ!」と思わずツッコミを入れたくなる詞の内容ではありますわな。(笑
子ども
顧みて、ボクが64歳になったとき、というと26年後で西暦は2032年。上の娘は31歳、下の娘が29歳になっている。そのときに世界がどんなになっていてボクらがどんな生活を送っているかなんて、想像もできない。娘たちはとってもお年頃な年齢になっているが、その「お年頃」というのも現在のボクらの価値観に過ぎない。彼女たちは彼女たちの価値観で「現在(いま)」を、これからもずっと生き続けていくのだ。

初夏の青空に向かって、しっかりとした足取りで一本のロープを頼りに急斜面の遊具を登っていく娘の後ろ姿を見送りながら。(写真は昨日琵琶湖の矢橋帰帆島に遊びにいったときのもの)彼女たちにとってのボクはこのロープの役割に徹して64歳まで確実に生き、彼女たちが頂上に辿り着いてロープを手放しても大丈夫なようになるまで、きちんと見届けてやりたい。

ただ、そう願うのみなのである。

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