
「秋の日の ヴィオロンのためいきの 身にしみて ひたぶるにうら悲し」
上田敏の訳詩集「海潮音」収録の、破滅的な人生を歩んだヴェルレーヌの詩の一節。
秋の風が吹くころ、この詩をなにとはなしに思い出し、口ずさむ。
野を歩けば目に入る木の実、黄色や赤に色づいてやがて落ちてゆく木の葉。日一日と冷たくなってゆく風が身にしみて、ワケもなく寂しさや悲しみがわき起こってくる。そんな心地の詩だろうか。
急ぎの仕事やらなんやらで数日バタバタしていて、気がつけばすっかり秋の気配が深まっている。夕方に外を歩いていたら何だかとても寂しくなり、この詩を思い出した。
しかし、そう破滅的に黄昏れていては面白くない。
「ひたぶるにうら悲し」と嘆くばかりよりも
「秋風のSHADOW 悪さしながら男なら 粋で優しい馬鹿でいろ」
(桑田佳祐/「祭りのあと」の一節 略)
これくらい俗な方がボクには心地いい。
(写真は先月に福井のソバ屋で撮ったもの。季節を感じさせる気の利いた装飾だった)