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プロフィール


まあなんというか、その。
つう感じで。
107と申します。

40歳。京都在住。♂。
しがないデザイナー
たまに毛鉤でマス釣り。
(FLYFISHING ね)

リール

こんなリールを
どこかの渓で見かけたら
それはボクです。
こんな所に居やがったかぁ〜
見つけたぞ〜 とお思いの方
あるいは通りすがりに
ちょっと興味をお持ちになった方
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フルベッキ写真

この週末に飲みに出た烏丸あたりの居酒屋の奥の壁に掛けられていた、このものすごい写真に吸い込まれた。

写真はクリックで大きくなるのでご確認いただけたらと思うが、幕末の志士たちの写真だなと見て、目を凝らしてそれぞれの人物に比定されている名前を読んでぶっ飛んだのだ。
なにしろ、西郷隆盛、大久保利通、桂小五郎(後の木戸孝允)ら「維新の三傑」に加え、坂本龍馬、岩倉具視、高杉晋作、小松帯刀、勝海舟、大隈重信、伊藤博文などなど、それはもう錚々たる名前がズラリと並んでいるのだから。

↓少し冗長になる上に歴史に興味のない人には退屈だろうから、お好きな方だけどぞ

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駅伝1

昨日の午後、市内の方へ出かけようと思ってクルマで出たら、西大路五条あたりにさしかかったところで大渋滞に巻き込まれた。警官がたくさんいて道路の真ん中にまで出てきており、反対車線は通行禁止となっている。沿道には新聞社の小旗を持った人々が大勢詰めかけ、みな一様に道の彼方を見ている。

しまった、そういえば今日は何か走りモノのイベントがあるといってたな、と気がついて急いでナビのテレビをつけると、やってましたよ京都女子駅伝(正しくは全国都道府県対抗女子駅伝)。ちょうどタイミングよく、ボクがいるところはアンカーの走るコースで、沿道の観客の様子からして先頭がもうすぐそこまで来てるようだ。

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季節の小物

「秋の日の ヴィオロンのためいきの 身にしみて ひたぶるにうら悲し」

上田敏の訳詩集「海潮音」収録の、破滅的な人生を歩んだヴェルレーヌの詩の一節。
秋の風が吹くころ、この詩をなにとはなしに思い出し、口ずさむ。

野を歩けば目に入る木の実、黄色や赤に色づいてやがて落ちてゆく木の葉。日一日と冷たくなってゆく風が身にしみて、ワケもなく寂しさや悲しみがわき起こってくる。そんな心地の詩だろうか。

急ぎの仕事やらなんやらで数日バタバタしていて、気がつけばすっかり秋の気配が深まっている。夕方に外を歩いていたら何だかとても寂しくなり、この詩を思い出した。

しかし、そう破滅的に黄昏れていては面白くない。
「ひたぶるにうら悲し」と嘆くばかりよりも

「秋風のSHADOW 悪さしながら男なら 粋で優しい馬鹿でいろ」
(桑田佳祐/「祭りのあと」の一節 略)

これくらい俗な方がボクには心地いい。

(写真は先月に福井のソバ屋で撮ったもの。季節を感じさせる気の利いた装飾だった)

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ジョン・ウェイン1

前回記事の「シェリフ」で書きたくなった。
「シェリフ」と言えばやっぱりこの人をおいて他には考えられないという人。
ジョン・ウェイン。

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コーヒー

「アルジャーノンに花束を」
この20日過ぎあたりから、やたらと検索で飛んでくる語がこれである。

ボクが以前に書いたこの記事に、googleだのyahooだのmsnだのといった検索サイトからご訪問いただくのが一日平均10、記事へのアクセスが訪問者数の平均15前後、アクセス数が20前後と、普段は過去記事へのアクセスなど多くて5〜6のボクのブログにしては飛び抜けて多くなっているのだ。リファラーを参照してみると、この語に付随して「感想」だの「あらすじ」だのという語もある。

これらと、この夏休みももう押し詰まって最後の週というこの時期、という要素をプラスすると・・・どこの中学か高校か知らないけれど、夏休みの国語の宿題にこれの読書感想文の提出があって、サボリの学生諸君が本を実際に読みもせずにネットで検索して、適当に見つくろったものを繋ぎ合わせて感想文にしようとしているのではないか、という邪推が導き出されるのである。

読書という行為は、自分の目で活字を追ってそこからイマジネーションを膨らませ、そしてそのイメージの中を軽やかに、自由自在に飛翔し、そこから感じたことや得たものを自身の生活や人生の糧としようとするものである。また感想文というのは、その絞り出した滴である筈である。少しデキる国語の先生なら、キミが本当にそれを読んだのか他人の書いた感想をカンニング(あえてこの言葉を使う)したのかは、一目瞭然に識別することだろう。

もしボクの邪推が当たっているなら・・・
キミたちに分かりやすいような言葉で言ってあげよう。

オマイラ、ベンキョせえ!(`∀´)

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