
先日、嵯峨野は大覚寺の近くに住む親父のところに用事で行ってきた。写真はそのとき撮った、近くにある広沢の池というところの寒々しい景色。大覚寺の景色でも撮ってみようかとも思ったが、この時季は、道路交通法違反を平気でするマナーもへったくれもない大型観光バスの大集団に辟易してやめた(一度くらいはあいつらを一斉検挙してほしいものだ)。用事といってもつまらないもので、要は、還暦を過ぎて独り暮らしをしている親父の様子とご機嫌を伺いに行ってきた、というワケである。
近くにある小さいけどお洒落なベーカリー&カフェにオープンデッキがあって、そこならゆっくり色んなことを話せるだろうということで、午後の太陽が差す陽当たりのいい席に陣取って、特製のフルーツ・ティを飲みながら、最近の身の回りの出来ごとや姉弟のこと、親戚のことなどをネタに昔話や馬鹿話をして過ごす。
前にも書いたけれど、上げ下げの激しい人生を送ってきた親父と色んな話をするのは、とても楽しい。同じDNAがどう考えてどう生きてきたか、それを聞くのは、今後のボクのためにも大いに参考になる。もっとも、DNAが似ているからといって必ずしも似たような人生を辿るということはない。大事なことは「どんな素質があるか」ではなく「何を選択したか」である。ホグワーツの偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアの言葉を拝借。
子どものころ、親父が本屋の丸善に勤めていたときがあって、そのときにたくさん本を買ってきてくれた。子ども向けの単なる童話に留まらないミヒャエル・エンデの本などに始まって、大人が読むような岩波や福音館の大判の分厚い本や国内外の伝記物、歴史物などを小学校4年ぐらいから読み漁ることができたのは、親父のお陰である。買ってきてくれた本を片っ端から猛烈に読破するので、親父は少ない小遣いの中から一生懸命やりくりして、それでまた本を買ってきてくれた。三人姉弟の中で、ボクが一番多く本を買ってもらって読んだだろう。
釣りもそうだ。小学生の夏休みに家族や親戚と泊まりがけで海に泳ぎに行って、夜明け前に姉弟の中からボク一人だけ叩き起こされて、キス釣りに連れて行かれた。サンドベージュの砂浜の向こうに広がる遥かな碧い水平線から、空をオレンジ色に染めて夜明けの太陽が静かに昇ってくるのを眺めながら、少年はサカナを釣った。ボクの釣りの原体験は、だからここにある。今も親父は海釣りの現役で、いいシーズンには気まぐれに海に出かけて、タイを釣って遊んでいる。好き勝手に釣りの話をしているときが、一番いい顔をしている。
話の最後に、死ぬ話になった。
「親父が死んだら、親父がいつも通っているあの大好きな海に骨を撒いてやるよ」とボク。
「うん、よろしく頼む。・・・でもな、あの海にはダメだ」
「・・・なんで?」
「釣り友達がな。オレの顔をしたサカナが釣れたらイヤだと言うんだ」
ボクは涙が流れるほど爆笑した。
親父は64歳。老け込むにはまだまだ早いのだけど、独り静かに来し方を見、行く末を見て、覚悟をしている。クールに、しかし楽しみながら、今までしてきたと同じように好き勝手に、それまでの残された時間を独りで過ごすつもりのようだ。
「オレはそういう生き方しかできんから」と、ポツンと漏らす。
「イヤなDNAだな」とすかさずボクが言うと、今度は親父が涙を流して爆笑した。
陽だまりが暖かい、ある日の午後のひととき。